【赤川次郎、天職への転職…作家デビュー秘話】

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今年(2016年)、作家デビュー40周年を迎えた、国民的作家・赤川次郎。
その赤川次郎は、そもそも、当初はプロの作家になる気は無かったというのですから、驚きです。
幼少の頃から、
特に外国文学やミステリーに熱中していた赤川次郎は、
やがて、中学生になると、
自ら、小説を書くようになります。
当時の読者は、同級生の友達の一人だけだったそうですが、
それでも、小説を書くという事自体が楽しくて仕方がなく、
彼は、高校生の頃には、原稿用紙1000枚以上にも及ぶような大長編まで書くようになっていたそうです。
そして、高校を卒業した赤川次郎は、
就職してサラリーマンとなりますが、
サラリーマン時代は、彼にとっては何とも味気なく、
まさに、砂を噛むような日々だったそうです。
しかし、そんな彼を支えになっていたのが、
学生時代からの「趣味」である、小説を書く事、だったのです。
彼は、サラリーマン時代の10年間、
自らの楽しみのために、小説をせっせと執筆して行きました。
赤川は、サラリーマン生活には満足はしていなかったものの、プロの作家になるつもりなど、毛頭無かったそうですが、
それでも、小説を書くという事は、
一生続けて行こうと決めていたそうです。
そんな生活が数年続いた後、
赤川は、自らに締め切りを科した方が執筆がはかどるだろうという事で、
書き上げた作品を、各誌の新人賞に送るようになります。
これは、あくまでも執筆のモチベーションを高めるためにやっていた事だったのですが、
やがて、赤川の作品は、徐々に注目を集めるようになり、
1976年、赤川が28歳の頃、
『幽霊列車』という作品が、「オール読物」の推理小説新人賞を受賞、
赤川次郎は、遂にプロデビューを果たしました。
その後、2年間はサラリーマンと作家の兼業でしたが、
1978年にサラリーマンを退職し、作家一本で活動して行く事となります。
その後の彼の活躍は、言うまでもありませんが、
ともかく、赤川次郎のサラリーマンから作家への転職は、
結果として、転職のような形にはなりましたが、
これは、まさに彼の天職であった、小説を書くという仕事に、自然に巡り合ったとしか、思えません。
まさに、好きこそものの上手なれ。
赤川次郎の転職劇は、
これから転職を考えている人達にも、何か、重要な示唆を与えているように思えますね。

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